福岡県高等学校地理研究会の福岡地区の会員10名が、13年11
月22・23日、壱岐島内を巡検されましたので、市岡賢氏と二人で
案内しました。
 これから、壱岐を巡検される方や修学旅行の引率で来られる先生の
参考になるので、巡検についての寄稿をお願いしましたところ、届け
ていただきましたので掲載します。
(01.12.22)

          壱岐島の巡検

       福岡県立福岡高等学校 
 田 中  誠


    

            
巡検の目的

 学校現場の教材は、生徒には大変分かりやすいものになっています
が、逆にわかりやすい分、資料・統計などが単純化されています。その
ため、要領のいい生徒は結果だけを単純暗記するという弊害が生じ、そ
の結果社会科は暗記教科となっている側面があります。暗記は学習の基
礎であり、全てを否定するものではありませんが、一問一答的なステレ
オタイプの思考では、様々な要因と相互作用により生起する社会諸現象
を理論的に説明する力は養われません。授業者が教材の表に出てこない
背景や生の情報に直接触れ、それを論理的に分析・総合していく手法を
多少なりとも身につけていくことが、生徒の学ぶ力の育成につながると
思います。教師自身が「学び方を学ぶ」研修を積むことが、現在生徒に
求められる「問題発見能力」や「問題解決能力」の指導に有効だと考え
ています。
 また、「高校地理」の単元に地域調査が設定されていますので、巡検
を教師自身が経験することは直接的に教科指導力の向上にもつながりま
す。
 「巡検」という言葉は一般には聞きなれないので、多少説明を加えま
す。一般に野外調査などと混同されることがありますが、その内容・性
質に違いがあります。巡検という場合には、指導者や案内人が中心にな
って現地に赴き、地理的な事象の観察・観測や、現地の人からの聞き取
りを通したり討論を行うことで、その地域について習熟する活動です。
研究者自らが、自己の研究のために行う野外調査とは、この点で区別さ
れます。

      
今回 壱岐島を巡検地に選んだ理由

 
巡検先は、昨年が天草、3年前が姫島(大分県)と、離島の現状と振
興をテーマに進めてきました。今回も、これに沿って壱岐を考えまし
た。
 また、壱岐島は高校地理の教材となる素材が豊富にあり、教員にとっ
て非常に魅力のある島です。今回の巡検で今後の授業に活用したい項目
を挙げてみます。

(1)
地域調査
   (2)以下の具体的事例の学習を進めることによって地域調査の
   方法を学ぶ。
(2)
地形環境
  ○溶岩台地
  ○海岸の地形(海食崖など)
    島内の至る所で
海食崖がみられますし、勝本港近くでは勝本層
   と呼ばれる砂岩を主とする地層が露出しており、島を地質的に理
   解できる場所が多くあります。
(3)
交通・通信
  ○壱岐島と九州本土との交通手段
    フエリーや高速船、航空機と結ばれており、時刻表などで生徒
   が調べていけば福岡との結びつきの強さが理解できるでしょう。
    また、岳の辻にはNHK福岡放送局の送信所もあります。
(4)
人口問題
  ○離島の過疎問題の現状
  ○壱岐島の人口流出と福岡の関係
(5)
農業
  ○土地利用の特色
    耕地30%、森林35%と、壱岐島の地形を反映した土地利用
   状況を示します。壱岐支庁発行の
島勢要覧を活用し、土地利用の
   特色とその理由を生徒に考えさせることができます。当然要覧は
   人口・過疎問題にも利用できます。
(6)
水産業
  ○水産業の現状と特色
  ○海女による潜水漁
(7)
工業
  ○麦焼酎
(8)
村落
  ○散村
(9)
読図
  ○上記の地形や散村、土地利用の確認など
    岳ノ辻(壱岐最高峰 213m)の山頂には
三角点があります。
   こで地形図を開くと、壱岐島の様子がよくわかります。


  
個人的には、過疎化する散村で地域社会をどのように維持して
 いっているのか
ということに興味があります。
 
 (1)散村の近隣地域社会の維持のためには、「」が比較的有効に
   機能していると聞いたことがありますが、現在はどうなのか?
 (2)もし、現在なくなっているのであれば、地域住民の紐帯性を強
   化する「講」に代わる社会的機能があるのか?
 (3)過疎に伴う廃屋耕作放棄農地は顕在化していないと、案内者
   が説明されていましたが、今後問題化する可能性はあるのか?

  など、今後のテーマとして壱岐島をみていきたいと思います。


       
調べ学習(修学旅行)について

 高校と中学校では、生徒の発達段階が異なりますので、ヒントになら
ないかもしれませんが、思ったことを挙げてみます。

ウォークラリー(自転車ラリー)
    グループで地形図片手に島内のチェックポイントを回りなが
   ら、島の歴史や産業などを理解する。予め地図と島内バスの時刻
   表を渡し、チェックポイントだけは全員が立ち寄るような計画を
   立てさせ、あとはグループでたっぷり1日かけて島内を回る。バ
   ス会社とは1日乗車券を発行させ、自由に乗り降りできるように
   交渉する。
    福岡県大野城市の中学校が大島(福岡県宗像郡)で実施してい
   ます。ただ、移動は徒歩でした。

漁業体験
    地引き網体験など、離島ではよく実施しているものです。午後
   または翌日、自分たちが獲った魚を料理し、食事をつくる。福岡
   でもそうですが、都会の子供たちは生活経験が希薄で、手の届く
   目の前のものには手を伸ばしますが、在処を探して取りに行くと
   いうことが苦手です。知識はあるが知恵がない。生活経験のなさ
   が知恵のなさと辛抱のなさを生んでいるようです。
    壱岐支庁の修学旅行誘致パンフレットには、農業か漁業体験が
   載っていました。また、水産課の冊子には、子供向けの長崎で獲
   れる魚と料理が載っています。漁業振興の県の施設には調理施設
   も整っているようです。


 都市と離島・農山村を対比的にあえて強調すると、次のようにも言
えるでしょう。

 都市部は情報が豊富で、いろいろな刺激もあり、多くの人を引きつけ
ますが、その人に必要な質の高い情報は少なく、いわば、どうでもいい
ような商業主義的情報に偏っています。住民の人間関係は匿名的で、し
かも表面的な面が強いため、情報の入手手段はマスコミに頼ることが多
い。マスコミによる情報は離島でもほぼ同程度のものが入手できるわけ
で、その意味からすると、都市住民の情報は、個人的なネットワークの
中からしか入手できない生活に密着した質の高いものが少ないだけ、情
報に深みがなく単調です。さらに、生活経験では擬似体験が多いが実際
に手にし、触る、味わう、臭うなど、本物の体験が少ない。本物が分か
らないので、テレビや本などのランキングやお店紹介を鵜呑みにしてし
まう権威に弱い都会人が浮き彫りになります。離島や農山村に居住する
人々が、「こんなこと」と思うようなことが初めての経験であったり、
新鮮な出来事として彼らには映るのでしょう。高度経済成長期以降の豊
かな社会に生まれ育った世代が今親となって、次の世代に彼らの価値観
を伝承させているわけですから、別の星の日本人の訳です。
 グリーンツーリズムとかエコーツーリズムなど最近の流行ですが、底
流には都会でもはや経験することのできなくなった日本の原風景への憧
れがあるのではないでしょうか。

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